Q: 研究者のみなさん、プレゼンがとても上手で驚きました。研究者として研究を発信するということを昨今では強く意識されているのでしょうか?
A: 大きなイベントでは特にそうですが、聴衆に貴重な時間をより有意義に使ってもらえるよう意識しています。プレゼンで的を絞っることは重要だと思っています。
Q: シナプスの強さのゆらぎはどのような仕組みで生まれるのでしょうか?
コンピュータにてゆらぎを人工的に取り入れ、AIがひらめくようにするにはどのような技術が必要なのでしょうか?
A: アクチン分子などの変化によるものと考えています。またゆらぎの大きさには細胞外基質なども関与していると考えられています。
ひらめくAIが作れると良いですね。今後の研究課題です。
Q: 正確性にゆらぎは必要? ゆらぎの調節は可能?
A: ゆらぎは単一シナプスの強さを変化させてしまいますが、学習込みの場合にはシナプス集団の統計的性質を安定化させる効果もありそうです。従って、何に関する「正確性」かによって回答は変わってきます。疾患モデルでゆらぎの異常がみられることから、ゆらぎは調節されていると考えています。
Q: 人は、脳のゆらぎを感じ取れるのか?
集中している時とボーっとしている時の変化ことをゆらぎという?”
A: シナプスは神経活動に影響を与え、ある種の神経活動が知覚となりますので、シナプス集団のゆらぎを感じ取れる状況もあるのではないかと思います。われわれは神経活動に関係なく起こるシナプス変化のことをゆらぎと呼んでいます。集中している時もボーっとしている時も神経は活動していますので、程度の差はありますが、ゆらぎと学習の両方でシナプスは変化していると思います。
Q: 野球でのイップスだったり、私がピアノ練習で何回か経験したことがある、慣れているはずのフレーズがいきなり弾けなくなる現象は、今まで“心理的なものに起因する”と説明がとどまっている感じだったのですが、そういったものもシナプスのゆらぎと関連づけて説明できるものでしょうか?
A: そのような現象が起こっている期間の長さから考えると、神経活動の問題というよりはシナプスの影響なのかもしれません。
ゆらぎが原因となっている可能性はあると思います。しかし、何らかの意図しない学習によって該当記憶が上書きされたといったほかの可能性もあるように思いました。”
Q: AIが睡眠によって学習効果が上がるという研究決果が最近発表されましたが、「ゆらぎ」との関連はあるのでしょうか?
A: AIの学習効果を上げるオフライン学習(行動していないときの学習)メカニズムは複数提案されています。過去の記憶をリプレイして再学習したり、類似パターンを生成して学習したりということが提案されています。脳のシナプスゆらぎの体積依存性などを取り入れているAI研究は少ないように思います。
Q: 「ゆらぎ」のお話が興味深かったです。宮沢賢治が生徒と共に“ボーッとする時間”を大切にしていたというお話しを思い出しました。
A: そうですね、散歩会議をする会社もあるようですし、アイディアは机に向かっている時以外に降ってくることもあるようです。宮沢賢治の脳状態を再現する秘訣が分かると良いですね!
Q: ゆらぎというのはいわゆる“乱数”のような、その程度の大小は何かにしたがっているわけではないのでしょうか?
それともゆらぎにも根幹には一定の法則があると予想されているのでしょうか?
A: ゆらぎの根幹には一定の法則があると思います。理想気体のモデルのように、ミクロには一定の法則に従っていても集団として乱数的な振る舞いをすることはしばしばあります。
Q: シナプスのゆらぎ=神経伝達物質量の変化でしょうか?
A: 明確に示されていないと思いますが、シナプスの体積変化に起因するグルタミン酸受容体数の変化の影響だと考えています。
Q: 「ゆらぎ」の話が興味深かった。(シナプスは学習時にのみ発火すると思っていたので)シナプス個々の反応だけではなく全体の反応をみる必要があるため、分子生物的なアプローチと理論的な(物理に近い)アプローチの両方が脳の解明には必要だろうと思う。
A: ありがとうございます。理論的なアプローチの持つ可能性をお伝えできて良かったです。
Q: 「ゆらぎ」が起こっている時の人間の状態はどうなの?
A: 通常の状態では基本的にシナプスゆらぎは常に起こっていると考えています。
Q: 脳のゆらぎは一人ひとり違うのか?=個性?
発達障害での脳のゆらぎには、一定のゆらぎの法則?があるのか?
A: 野生型マウスと疾患モデルマウスを比較してシナプスゆらぎが異なっていることを報告した研究があります。シナプスゆらぎの分子機構の違いで人間の個性の多くが説明できる可能性は低いと私は考えますが、学習とゆらぎの効果を統合したシナプス変化は個性を反映している可能性が高いと思います。
Q: 動物の脳にはなぜ“ゆらぎ”というシステムがある? 学習のため? ひらめきのため?
A: タンパク質によって構成される生体システムでは一定のゆらぎを許容せざるを得ないのだと思います。しかし、脳はそれを学習に(もしかしたらひらめきにも)うまく活用しているのではないかと考えています。
Q: 強い記憶を保持するためであれば、強いシナプスを安定させた方が生存競争に強くなるように思えるが、強いシナプスを不安定にすることで得られる利点は何なのか?
A: 確かにそういう考え方はできます。だた、われわれの理論は強いシナプスを安定化させる機構の存在を否定していません。安定化には時間やコストを伴うという可能性もあります。これまでの実験結果から類推すると、強いけれど安定化していないシナプスは数多く存在していそうです。
Q: シナプスのゆらぎを制御することで学習障害の治療を行うことができるようになる?
A: 今後の研究の進展を待たねばなりませんが、そうなったら素晴らしいと思います。
マウス実験では過剰なシナプスゆらぎを抑える薬剤の例が示されています。
Q: ロボットが人の脳のようなことができるようになるには、あとどれぐらいかかる?
A: 難しい質問です。現在のChatGPTなどもさまざまな側面で人のような(知識の広さなどに関しては人以上の)応答をしますね。感情的に振る舞ったりプログラムを書き換えるようなロボットを作るかどうかは慎重に考える必要がありそうです。倫理的問題も含めて全盛期と冬の時代を繰り返しながら階段状に発展していくのではないかと予想しています。
Q: ゆらぎによるシナプスの変化ではじめは大きいものも、やがて小さくなるものもあるし、あまり小さくなるものもあるが、なぜか?
A: 単純なモデルでは時々刻々乱数を生成して(サイコロを振って)大きくしたり小さくしたりしているので、たまにはあまり小さくならないシナプスも存在します。実際のシナプスは配置や組成などに応じてもう少し複雑に振る舞うのかも知れません。
Q: 人工的に脳を作り、コンピュータのように使うことは可能?
またその場合、その脳の得意な分野と苦手な分野はどうなりますか?
A: ヒト幹細胞を利用して作る脳オルガノイドは発展途上ですが重要な研究テーマです。将来、コンピューターのように使うことも可能になると予想します。機械と比べた時の長所はエネルギー効率が良いこと・拡張したり再生すること・脳と接続する際の親和性が高いこと、短所は計算精度・速度・記憶容量などで劣ることが予想されます。
Q: 脳でのシナプス強さのゆらぎをコンピューター上で再現しようとする場合、量子コンピューターの計算方法を利用することはできる?
A: 可能かもしれません。量子コンピューターの活用は今後の重要な課題だと思います。
Q: 同じニューロンが複数の種類の記憶をメモっているとすると、記憶を取出す際にはニューロンのグループはどう接続されるのか?
A: あちらを立てればこちらが立たず(あるニューロンが活動すると特定の記憶パターンに近づくけれど他の記憶パターンからは離れてしまう)という状況はあります。連想記憶モデルでは与えられたヒントに「近い」記憶パターンに向けてニューロンの活動が変化していきます。沢山のパターンを記憶しすぎるとうまく想起できませんが、記憶容量の範囲内であれば想起が可能です。